2.ブライダルプランナー抜擢 ― 1

うちのウエディングゲストハウスは、年末年始以外は年中無休で営業している。
だから、私たち従業員は、交代制でお休みを取る。
私の休みは、基本的に、月曜・火曜。
由梨も私と同じ月曜・火曜で、佐奈は火曜・水曜がお休み。
もちろん、自分の担当のお客様の結婚式がその曜日に入れば、休日はずらすことになるんだけど、今週は、土日以外には式の予定はなかった。

そんなわけで、休み明けの水曜日、佐奈が休みの日だったので、私は由梨とふたりでランチに出かけた。

いくつかある行きつけのお店のひとつで、向かい合わせに席につき、由梨に訊いた。
「そういえば、この間の日曜の夜、うちの佐藤マネ―ジャーと店長とフローリストのマネージャーの3人で、しばらく会議室にこもってたみたいだけど、なにか変わった?」
「あぁ、今日から、本店のフローリストの人がひとり、ヘルプに来てくれてる」
「あ、そうなの?」
「うん。うちの鈴木さんと同期の人で、すごく仕事の出来る人だから、助かってるよ」
「そっかぁ。じゃぁ、由梨の負担もだいぶ減った?」
訊くと、由梨は、手首にはめていたシュシュをはずして、つやつやの長い黒髪をまとめながら、うなずいた。
「そうだね。それに、鈴木さんも来週には復帰できるらしいから、もうひと安心かな。姫にも心配かけちゃって、ごめんね」
申し訳なさそうにそう言うので、私は慌てて首を振った。
「ううん、そんなこと! 由梨が楽になったんなら、よかったよ」
「うん……」

そううなずいた由梨だったけれど、ふと視線を下げた表情は、冴えない。
ヘルプの人が来たんなら、もっと、元気になってもよさそうなのに。
目のすぐ上で切りそろえられている前髪に隠れてよく見えないけど、瞳に生気が足りないっていうか、そんな感じ。
「由梨、まだなにか心配なこと、あるの? あ、そういえば、フローリストのマネージャーは交代とか、そういう話はあったりする?」
このあいだ、佐奈と宮部がああだこうだ言っていたのを思い出して訊くと、由梨はうつむかせていた顔を上げて、首をかしげた。
「さぁ、そういう話は聞いてないけど。それより、姫、佐奈から聞いたんだけど、とうとう宮部の誘い、受けることにしたんだって?」
「あぁ、それね……。佐奈に、半分強引に決められちゃって……」

急に話が変わって、今度は、私が顔をうつむかせる番だ。
佐奈も一緒に行くとはいえ、宮部と飲みに行くことは、今でもできれば避けたい予定として、私の心に重く沈んでいる。
「いいじゃない、宮部。フローリストの後輩たちの間でも評判いいよ」
「うん。評判いいのは知ってるよ。でも、だからこそ、なおさらちょっとね……」
運ばれてきたミニサラダをつつきながら言葉を濁すと、由梨は的確に返してきた。
「姫は、モテる男はダメなんだっけ」
「うん……」
「でも、宮部は姫の元カレとは違うよ? モテる男全員が、浮気するわけじゃないでしょ?」
「うん、それはそうだろうとは思うんだけど……」

私には、大学時代から去年まで、3年間付き合っていた彼氏がいた。
すごくモテる人で、3年の間に、3回浮気をされた。
もうしないから、と頭を下げられて、2回は許したけれど、さすがに3回目は許せなくて別れた。
そのときに、私は誓ったのだ。
もう二度と、モテる男とは付き合うまいと。
だってそのときに、私は、自分の男を見る目に、すっかり自信を無くしてしまったから。
実は、この元カレの前に付き合っていた男にも、私は浮気をされて別れているのだ。
元カレも、その前のカレも、いわゆるイケメンで、私が一目ぼれして付き合い始めた。
そう、私は、面食いなのだ。
そして、どうやら、私がいいなと思う顔の男は、浮気性らしい。
だから、宮部はダメなのだ。
だって……。

「姫さ、入社当時は、宮部のこと、かっこいいって言ってたよね?」
「うん……」
そう、そうなのよ。だからダメなんだよ、宮部は。私の好みど真ん中な顔立ちなんだもん。
あの顔は、きっと、また浮気する顔なんだよ……。
「姫、あの頃はまだ元カレと付き合ってたから、宮部のこと相手にしなかったんでしょ。でも、もう別れてずいぶん経つじゃない。宮部、あの頃から、ずーっと、姫ひとすじだし、浮気するような男じゃないと思うよ」
「そう、かな……?」
「うん! 私、これまでに何回か宮部のお客さんのお花も担当したけど、仕事ぶりも真面目だし、いいヤツだと思うよ」
「まぁ、仕事はね……」
元カレだって、仕事はすごく出来る人だった。
でも、仕事の面で誠実でも、付き合っている女に対して誠実かどうかは、また別なんだよね。
宮部も、仕事は出来ても、女関係はだらしないかもしれないじゃない?
うーん、やっぱり、宮部と付き合う勇気はないな。
もう二度と、あんなつらくてみじめな思い、したくないもの……。

「仕事だけじゃないよ。ものすごく親切だし。このあいだの私のミスのときも、宮部、近くのフラワーショップに何軒も電話してくれたんだよ」
「あぁ、それ、佐奈から聞いた」
「それ聞いて、姫なんとも思わなかった? 普通、自分のお客さんでもないのに、そこまでする? 私、すごく感激しちゃったよ。私が姫だったら、即OKするけどなぁ」
「まぁ、私もそれはすごいと思ったけど……」
「だったら宮部のこと、真剣に考えてみなよ。ホントにいいヤツだと思うよ?」
「うん……」
由梨の言うことは、たしかにもっともだ。
実際、私もあの話を聞いたときは、宮部を見直したし。
そう考えると、かたくなに宮部を拒否することはないのかな?
もう少し、前向きに考えてみようか……。