1.同期のイケメン男子 ― 6

すると、佐奈がさらに声をひそめて教えてくれた。
「佐藤マネージャー、相当カンカンだったから、ただでは済まないと思うよ」
「え、そうなの?」
「うん、いつもの『仏の佐藤』の穏やかな笑顔はどこ行っちゃったの?って、みんながビックリするくらい怒ってた。まぁ、『お客様第一』が、佐藤マネージャーのモットーだから、怒るのもわかるんだけどね」
「じゃぁ、由梨にもなにかペナルティがあるのかな?」
「あぁ、由梨は始末書で済むんじゃない? 佐藤マネージャーも由梨が優秀なのはよく知ってるし、それより、フローリストのマネージャーに対してすごく怒ってたから」
「そうなんだ……」

ちょっとビックリ。
佐藤マネージャーは、プランナーとアテンダントみんなの、優しいお父さんみたいな存在で、いつもニコニコみんなを見守ってくれてる人。
かなり薄くなってきた生え際と、黒縁メガネの奥の細い目がチャームポイントで、ユーモアのある、でも、いざというときには頼りになる、そんなマネージャー。
その佐藤マネージャーが怒ったっていうんだから、今回のことは、私が思ってた以上に大きな問題みたい。

私がそんなことを考えていると、宮部がポツンとつぶやいた。
「フローリストのマネージャー、降格させられるかもな」
すると、それに佐奈が食いついた。
「うん、私もそれ、あると思う! っていうか、どっか飛ばされるんじゃない?」
「どっかって?」
「本店の窓際とか?」
「いや、リストラじゃねぇか?」
「あー、それだ、きっと!」

ちょっとちょっと、ふたりとも、ひとごとだと思って、言い過ぎじゃない?
私も、フローリストのマネージャーには、ちょっと思うところあるけど……。 どんどんエスカレートして盛り上がるふたりを、少し引いて眺めてたら、それに気づいた宮部がコホンと咳払いした。

「まー、あれだ。どっちにしても、なんらかの対策は立てられるだろうから、由梨の今の大変な状況も、きっとすぐに解消されると思うよ」
佐奈も、姿勢を正して、それに同調する。
「う、うん、そうだね、きっと。ふたり分働かされるなんて、理不尽すぎるもんね。早く由梨もまた一緒に飲みに行けるようになるといいね!」
なんだかなぁ……、とってつけたようなセリフ。
でもまぁ、由梨が今の状態から解放されるといいなと思うのは私も同じだから、黙ってウンウンとうなずいておいた。
すると。

「ってことで、今日は3人で飲みに行くか?」
宮部はコロッと態度を変えて、私たちの顔をのぞきこんできた。
と、そのとき。

「佐奈ちゃん、ゴメン、今日ちょっと残れる?」
まりあさんが、斜め向かいの席から佐奈に声をかけてきた。
ショートヘアの下の理知的な目が、隣にいるあたしと宮部にもそそがれる。
「それとも、今日、なにか用事入ってた?」
あわてて、佐奈が答える。
「いえ、仕事でしたら、残ります!」
信頼するチーフからのお願いを、佐奈が断るはずがない。
すると、まりあさんはニッコリ微笑んで、私と宮部を見てきた。
「今日みたいなことがまたあるといけないから、対策を考えたんだけど、今夜、佐奈ちゃん借りてもいいかな?」
私と宮部はパッと顔を見合わせ、すぐに同時に返事した。
「「もちろんです!」」
当然、私も宮部も、佐奈と同じ気持ちだ。
こうやって、すぐにその場の空気を読んで、周りの人間にも気を配れるのが、まりあさんのすごいところ。
「ごめんね。じゃぁ、佐奈ちゃん、こっちで」
まりあさんは佐奈に目配せして、ミーティングテーブルに移動していった。

佐奈はすぐに筆記用具を用意しながら、私と宮部にささやいた。
「ってことだから、飲みに行くのは、また今度でいい?」
すると、宮部はサッと卓上カレンダーに手を伸ばした。
「じゃ、木曜は?」
「私は平気だけど、姫は?」
「私も木曜はなにもないけど」
「じゃ、木曜で決まりな!」
てきぱきとそう決めると、宮部は自分の席に戻っていく。
佐奈も「じゃ」と、まりあさんの待つ方へ行ってしまった。

ひとり取り残された私は、静かになった席で、ふぅ、とひとつ息を吐いた。
なんか、バタバタッとスケジュール決められちゃったな。
でもまぁ、佐奈も一緒なんだから、いっか。
私はゆっくり帰り支度を済ませ、オフィスを後にした。