1.同期のイケメン男子 ― 5

「なぁ、そんことより姫! もう帰るとこだろ? 飲みに行こうよー」

宮部は、またいつもの人懐こい笑顔をこちらに向けている。
あーぁ、これさえなきゃ、そこそこいい男なのに、残念なヤツ。
せっかく見直したとこだったのにね……。
私はわざとそっぽを向いて、帰り支度を始めた。
それを見た佐奈が苦笑する。
「姫、いい加減、宮部の熱意にこたえてあげれば?」
はぁ? 冗談でしょ?
黙ってギロリと佐奈をにらむと、宮部は佐奈の手を両手で握り、「佐奈、おまえ、いいヤツだなぁ」と言いいながら、ブンブン上下に振っている。
ったく、調子いいんだから。
そのまま無視していると、佐奈が宮部の手を離し、私の耳元に顏を寄せてきた。
「姫、元カレと別れてもう1年でしょ? そろそろ次の恋に踏み出してもいいと思うよ。宮部、悪いヤツじゃないし、1回くらい飲みにいってやってもいいんじゃない?」
「ちょっ、冗談でしょ?」
「ううん、本気よ。だって、宮部、入社以来、ずーっと、姫ひとすじじゃない」
「そんなの口だけだって! 佐奈だって、宮部がいろんな子と食事に行ったりしてるの知ってるでしょ?」
「たかがランチじゃない! たしかに宮部、顔広いし、女の子とよく一緒にいるけど、誰かと付き合ってるって話は一切聞かないよ?」
「そりゃそうだけど……」

私は、佐奈の後ろで、コソコソ話す私たちの方をにこやかに見ている宮部を、そっと盗み見た。
……なんか、散歩に連れてってくれるのを待ってるワンコみたい。
佐奈の言うことが全部正しいのは、わかってる。
でも私には、どうしても、宮部に対して警戒心を解けない理由があった。
また、佐奈に視線を戻す。

「……やっぱり、ムリ」
事情を知っている佐奈は、苦笑いしつつもそれ以上は無理強いせず、妥協案を提示してきた。
「じゃぁ、私も一緒なら、どう? 宮部は嫌がるだろうけど、リハビリかねて、そろそろ女子会ばっかりじゃなくて、男とも飲みに行かないと、ね? なんなら、由梨も誘おうか。それならいつものメンツに宮部が加わっただけでしょ? 吉祥寺店の同期の飲み会って考えてもいいし」
「同期の飲み会?」
「そうそう。私と由梨も一緒なら、姫も行きやすいでしょ?」
「それは、まぁ……」

佐奈にここまで言われたんじゃ、しかたない。
私は、宮部に顔を向けた。
「佐奈と由梨も一緒でもいい?」
宮部は一瞬、虚を突かれたような表情になったけけれど、次の瞬間には、いつもの笑顔に戻った。
「もちろん!」
「じゃぁ、由梨に都合訊いてみるね」
宮部の返事を聞くなり、佐奈は受話器を持ち上げ、由梨に内線電話をかけた。
由梨はすぐに出たようだけど、電話を切った佐奈の表情は芳しくない。
私と宮部の顔を見比べて、聞いた話を教えてくれる。 「今、今日の件の始末書、書いてるって。それに、しばらくは仕事が忙しいから、飲みに行くのはムリだと思うって……」
あぁ、そうだった。由梨は今、鈴木さんの分も働いてるんだっけ。
「由梨、大丈夫かな?」
心配になってつぶやくと、宮部が私たちを手招きして声をひそめた。
「それさ、さっき、佐藤マネージャーが店長に報告してて、そのあと、フローリストのマネージャー呼び出して、3人で会議室に入っていったから、なんらかの対策はしてくれると思うよ」
「えっ、店長も? じゃぁ、かなり大ごとになっちゃってるってこと?」

店長は、ここ、ウェヌスハウス吉祥寺のトップだ。
うちの会社は、東京丸の内に本店があって、それ以外に、関東甲信越に5店舗、ここと同じような挙式披露宴会場を持っている。
さらに、来年か再来年には、関西にも進出する計画があって、業界でも注目されている成長企業なんだ。
今の店長は、4月に丸の内本店から異動してきた人なんだけど、赤字続きだった本店を立て直した功労者とかで、すご腕の店長らしいんだよね。
まだ2ヶ月しか知らないし、私みたいな下っ端の平社員が直接話をすることもないからなんとも言えないんだけど、佐藤マネージャーいわく『敵に回したくないタイプ』の人らしい。
見た目は、ジェントルマンを絵に描いたような、50代半ばのナイスミドルなんだけどね……。