1.同期のイケメン男子 ― 3

その後、なにが起きたかわかったのは、斉藤様のチャペルでの結婚式が無事に済み、パーティー開始までの待ち時間のときだった。

パーティー会場の準備状況を確認しに行くと、宮部が隣のゲストハウスをこっそり覗いているのに出くわした。
なにしてるんだろ?
いぶかしく思いながら近づくと、気配に気づいた宮部が振り返った。
「あぁ、姫」
「こんなところでなにしてるの?」
訊くと、会場内の新郎新婦をそっと指差す。
「あれ、さっきのまりあさんのお客さん」
「あぁ、さっきの!」

まりあさんの緊張した面持ちと、走っていった佐奈を思い出しながら、パーティーの様子をうかがう。
でも、とても和やかな雰囲気で、なにか問題のありそうな感じはどこにもない。
「特に問題なさそうだけど、さっきのはなんだったの?」
「うん、今はもう、大丈夫そうだね。でも、さっきは俺も冷や汗かいた。実はさ、由梨がブーケを間違えて用意しちゃったんだ」

飯山 由梨(いいやま ゆり)は、同期のフローリストで、佐奈と同じくらい仲のいい友達だ。
腰まで届く真っ黒なストレートヘアに、つぶらな瞳が印象的な、おとなしい女の子。
「どうも由梨、ほかのお客さんのブーケと間違えて用意しちゃったみたいでさ」
「ええっ、それで、どうしたの?」
「急遽、今ある花で、できるだけ注文のブーケに似せて作ったらしいんだけど、やっぱり注文通りにはならなくて、花嫁さん、カンカンでさぁ。まりあさんも、平謝りだったって」
「それは怒られてもしかたないね……」

新郎新婦は、結婚式当日を迎えるまでに、打ち合わせのために、何度もうちに足を運ぶ。
プランナーや各専門スタッフと話し合って、最上のウエディングプランを作るためだ。
特に花嫁さんは、ドレスやヘアメイク、そしてブーケを決めるのに時間をかける。
みな、こだわりがあるのだ。 ブーケひとつ取っても、たくさんの候補の中から、形、使うお花の種類、色なんかを、じっくり時間をかけて吟味する。
まりあさんのお客様も、きっとこだわりがあっただろうから、間違えたりしたら、怒って当然だよね。
「でも、由梨がそんなミスするなんて……」

由梨は、フローリストとしてとても優秀だと言われていて、友達として誇らしく思っていたから、由梨のミスは、自分のミスのようにショックだった。
肩を落としてつぶやくと、宮部は首を振った。
「由梨だけのせいじゃないんだ」
「え、そうなの?」
不思議に思って宮部と目線を合わせると、宮部は少し眉をひそめた。
イケメンは、こういう表情をしても、憂いが漂って、それはそれでかっこいいから憎らしい。

「先週、フローリストの鈴木さんが入院した話は聞いてる?」
「あぁ、由梨の先輩の?」
「うん。あのお客様、もともと鈴木さんの担当だったらしいんだけど、先週、急遽、由梨が引き継いだらしくてさ」
「あぁ、そういえば、鈴木さんの分もやらなきゃならなくなって忙しいって、このまえ言ってた」
「うん。今回、由梨、マネージャーの指示で、鈴木さんの案件をぜんぶ引き継いだらしくてさ」
それを聞いて、私はは目を丸くした。 「えっ、全部? だって、フローリストって、実質、鈴木さんと由梨のふたりで回してるって聞いてるよ? それを全部?」
「そうなんだよ。あそこ、去年ひとり辞めちゃってから、あとは新人とマネージャーだけなのに、人員増強してなかったからさ。由梨、オーバーワークだったんだと思うよ」
「あー、そういうことかぁ……。あー、もうっ!」
事情がわかって、フローリストのマネージャーに、こらえきれないほどの怒りがこみあげてきた。
フローリストのマネージャーが使えない人だって話は、社内じゃ有名で、一日中デスクに座って売上データを見てるだけで、他はなんにもしない人らしいんだよね。
由梨はふだんから愚痴を言わない子だから、由梨から聞いたことじゃないんだけど、人員増強しなかったのも、フローリストの黒字を多くしたい一心から、っていうウワサだし。
今日のことだって、マネージャーが、自分も鈴木さんの案件を分担するか、せめて由梨のフォローに入るかしてれば、起きなかったミスだったんじゃないの?

怒り狂う私を見て、宮部は落ち着かせるように肩をポンポンとたたいてきた。
「まぁ、その辺のことは、まりあさんからうちの佐藤マネージャーに話が行くだろうし、そしたら、マネージャー同士で話し合いが持たれるだろうから、そっちに任せておけばいいよ。それよりほら、花嫁さんが笑ってることの方が大事なことなんだから」
言われて、もう一度会場内を見ると、たしかに笑顔で歓談している花嫁さんが見えた。

「機嫌、直されたのかな?」
「あぁ、そうみたいだな」
「そっか。大丈夫そうなら、よかった」
私たちの一番の責務は、新郎新婦とゲストの皆様に、ここで最高の一日を送っていただくこと。
初心にかえり、最も大きな問題が解消されているのを見て、私は頬をゆるめた。
そして再び、斉藤様の待つ控室へ向かった。