7.四角関係……? ― 6

翌金曜日、出社すると机の上に、昨日宮部に渡した資料が載っていた。
ところどころに付箋がついている。
めくってみると、いくつか赤字で書き込みがある。
宮部、見てくれたんだ……。
昨日、9時まで残ってたんだけど、その時間になっても宮部は会議室から出てこなかった。
宮部、いったい、何時まで残業したんだろう?
出社してきたら、お礼を言わなくちゃ。
そう思ってたんだけど……。
あれ? なんだろ?
最後のページに大きめの付箋が張ってある。
見ると、宮部の丸みを帯びた字で、メッセージが書いてある。

『姫へ。お疲れ様。実は明日あさって、本社に呼ばれて行くことになった。悪いけど、一之瀬様・源様の打ち合わせには出られない。ごめん。一之瀬様・源様の件は、佐藤マネージャーが見てくれることになったから、なにかあれば、マネージャーに相談してください。宮部  p.s.姫なら大丈夫。がんばれ!』

なにこれ。どういうこと?
いや、見たまんまなんだろうけど。
でも……。

なんだか、ポンと放り出されたような気分。
これから、一之瀬様・源様のウエディングを、宮部と一緒に作っていくつもりだったのに。
この件は佐藤マネージャーが見てくれるって、宮部はもう手伝ってくれないってこと?
私の教育係は、宮部だったんじゃないの?
昨日おとといはずっと会議室にこもりっぱなしで、今日明日は本社って……。
宮部、本当に大阪に行っちゃうの?
そのための打ち合わせ?
それにしたって、大阪のオープンは10月でしょ?
なんで今……?

やっぱり、宮部と直接話さなきゃ。
今夜、帰ったら宮部に電話してみよう!

心ここにあらずな状態で一日の業務を終え、大急ぎで家に帰る。
宮部のスマホはもう直ってるはず。
もし直ってなかったとしても、修理に出せば代替機を貸してくれるだろうから、つながらないことはないよね。
ドキドキしながら、宮部の番号にかける。
あ、つながった、と思ったら……、留守電。
あーぁ、がっかり。
通話を切ってため息を吐く。
まだ仕事中なのかな? 昨日も遅かったみたいだし。
しょうがない、メールしよう。

『こんばんは。お疲れ様。まだ仕事中かな? これ見たら、電話ください。遅くなっても構わないよ。待ってるね。姫子』

あれこれ考えたけど、やっぱり大切なことはメールでは済ませられないから、これだけ。
それに……、宮部の声が聞きたい。
月曜日以来、まともに話せてないんだもん。
電話越しでもいいから、宮部と話したい。
切実にそう願っていたんだけど。
その夜、宮部から電話はなかった。


そして、土曜日、午後1時。
約束の時間通りに一之瀬様と源様はやってきた。
「葛西さん、こんにちは!」
優香さんがニッコリ微笑んで挨拶してくれる。
表情も明るくて、この間のような暗さは、かけらもない。
この笑顔が戻って、本当に良かった。
「こんにちは! どうそこちらへ」

接客コーナーに案内し、席に着くと、優華さんが報告があると言う。
「父と話したんです、この間帰ってから。思ってることを素直に話したら、わかってくれて……。お互いに誤解があったねって。父と笑い合ったのなんてすごく久しぶりで、ちょっと照れくさかったです」
その様子が目に浮かんで、なんだか嬉しくなる。
「そうですか。誤解が解けて、よかったです」
「全部、葛西さんと宮部さんのおかげです。そういえば、父が言ってました。宮部さんのお祖父様は、父と同じ自動車関連の仕事をされていて、子どもの頃、私と同じように作業場に行って叱られたんだそうですね」
「ええ、そうみたいですね」
「……今日は、宮部さんは?」
「すみません、宮部は本社の方に行っておりまして、今日は私だけなんです」
「そうですか、じゃぁ、葛西さんから宮部さんに、父がよろしくと言ってたとお伝えください」
「かしこまりました」

宮部、すごいな……、たった一度会っただけのお父様にここまで印象付けるなんて。
でも、今、宮部はここにいない。
今日は、ひとりでがんばらなくちゃ。

「では、さっそくですが、今後のスケジュールを、ざっとご説明しますね」
そう言って、テーブルに、作成した資料を出して見せると、おふたりは頭を寄せ合ってのぞきこむ。
リストには、結婚式当日までに決めるべきことが、ズラッと書いてある。
たとえば、招待客リストを作る、招待状を作成する、スピーチや余興、受付をお願いする人を決めて依頼する、衣裳を決定する、料理、飲物・装花・引出物・演出・写真・ヘアメーク・ブーケを検討する、BGMを決める、席次表の決定&校正確認、ヘアメイクリハーサル、等々。

「こちらが、式当日までに決めていくことの大まかなリストです」
「うわぁ、こんなに決めることがあるんですねー」
優華さんが驚きの声を上げて、一之瀬様を見る。
目を合わせた一之瀬様も苦笑いだ。

「こうして全部並べてみるとたくさんありますが、一気に全部決めるわけではないので安心してください。何度かこちらに足を運んでいただくことになりますが、おふたりの門出を祝う催しですから、楽しみながら決めていきましょう」
笑顔でそう言うと、優華さんも微笑み返してくれた。