6.父の想い ― 4

タバコの煙を吐き出したお父様が、遠くを見ながら語りだした。
「小学校の入学式で、バラの模様のワンピースを着てる子がいたんだよ。それを、優華がすごくうらやましがってな。うちの女房がバラが好きで、昔から庭で育ててたんだ。その影響か、優華もバラが好きで……」

あぁ、そんなことがあったんだ。
バラのワンピースか……。
優華さん、バラに深い思い入れがあるんだね。

「優華さん、初めて見学にいらしたときにおっしゃっていました。バラが好きで、ブーケや髪飾りに、バラを使いたいと」
そう言うと、お父様はパッと私を見た。
「そうなのか?」
「はい。私どものゲストハウスは、ガーデンのバラに力を入れておりまして、優華さんもとても気に入ってくださったんです。そのときに、会場装花やドレスもバラづくしにされたお客様の話をしましたら、自分も、ブーケや髪飾りをバラにしたいとおっしゃっていたんです」
「そうか、やっぱりな……」
「お父様は、優華さんに、好きなドレスを着てほしいと思ってらっしゃるんですよね?」
「あぁ」
「でしたら、お父様のお気持ちと、優華さんのお気持ちは同じです。婚約破棄だなんておっしゃらずに、優華さんの幸せな門出を祝ってあげてくださいませんか?」
「うむ……」

お父様は腕組みして考え込む。
もう、あと一息だと思うんだけどな……。
でも、まだ、ウンとは言ってくれない。
なにが問題なんだろう?
料理の金額が高いっておっしゃってたけど、それが原因?
でもそれは、一之瀬様のお母様の方が譲りそうにないし……、どうしよう?
そのとき、宮部にそっと肩をたたかれた。
顔を見ると、なにか言いたげに私をじっと見る。
あ、そうだ!
昨日、宮部に言われんだっけ。

『ブライダルプランナーの接客で、一番大切にしなきゃならないのは、聞くこと』

あれこれ考えるまえに、お父様の考えを聞かないと!
最初に比べたら、お父様の表情は、ずいぶん和らいできている。
今なら、本音を語ってくれるかもしれない。
それに、今日は隣に宮部もいる。
大丈夫、きっとうまくいく。
宮部にうなずいて見せ、お父様に訊いた。
「源様、今何をお考えになられているか、私たちに話してくださいませんか?」

すると、お父様は組んでいた腕をほどいて私たちを見上げ、少しためらってから、口を開いた。
「優華は、俺に金を出さなくていいと言ってるんだ」
「お金を……?」
そういえば昨日、優華さんは『自分で貯めた結婚資金がある』って叫んでたっけ。
お父様は、地面をにらみながら、不満そうに言う。
「昔はいろいろ我慢させたが、今なら結婚費用くらい出してやるって言ったんだ。それなのにあいつは、全額自分で出すから、お父さんは口出ししないで、とか言いやがって……」
「でも、お父様は出してやりたいと?」
「あぁ。結婚したら、なんだかんだ金は必要だろう。自分で貯めた金は、そのときに使えばいいんだ」
「なるほど」
「それに、向こうさんだって、親御さんが料理の分の金を出すって言ってただろ? だったらこっちだってよぉ……」

あぁ、これが、優華さんが言っていた、お父様の一之瀬家に対する対抗意識、ね……。
「そうですねぇ。一之瀬様にも、あちらの事情がおありのようですし……。でしたら、お料理の分は一之瀬様、花嫁衣装の分はお父様が費用を出して、それ以外は、優華様と裕司様にお任せする、というのは、いかがでしょう?」
「それで、料理と花嫁衣装の金額は、トントンになるのか?」
お父様はあくまでも、一之瀬様に負けたくないらしい。
「えーっとそれは、ゲストの人数によりますから、今の段階ではなんとも申し上げられないのですが。ただ、花嫁衣装は豪華にしようと思えば、アクセサリーなどでいくらでもお金をかけられます。お料理と同じだけの金額を優華様に渡して、それでお好きな衣装やアクセサリー、ブーケなどを選んでいただけばよろしいのでは?」
「うん、まぁ、それで優華がうなずきゃいいんだが、あいつ、けっこう頑固なとこあってさ、俺の言うことなんかちっとも聞かねぇんだよ……」

お父様はそうぼやくけれど、だんだん解決策が見えてきた。
宮部を見ると、ニッコリ笑っている。
宮部も、これならなんとかなりそうだって、目星をつけてるのかも。

「では、私たちが、お父様のお気持ちを優華様にお話してみます。それで、優華様が、お父様に費用を出していただくことを了承されましたら、婚約破棄を取り消していただけますか?」
訊くと、お父様は、私と宮部の顔を、順に見る。
「あんたら、名前なんだったかな?」
えっ!? 今さら、名前?
でも、ずっと「ねーちゃん」呼ばわりだったもんね。
昨日名刺渡したはずだけど、覚えてくれてなかったんだね。
苦笑いを飲み込んで、改めて名刺を取り出し、差し出す。
「葛西姫子です」
宮部も同様に差し出した。
「宮部和樹です」
すると、2枚の名刺を受取ったお父様は、私たちの目をじっと見つめてきて。
「あんたらに任せるよ。葛西さん、宮部さん、優華にバラのウエディングドレスを着せてやってくれ!」
そう言い、頭を下げてきた。
慌てて、お父様以上に深く私も頭を下げる。
「かしこまりました! 最善を尽くさせていただきます」
頭を上げたお父様は、私と宮部に握手を求めてきた。
その手を固く握り返し、必ず優華様を説得しようと、心に誓った。