6.父の想い ― 2

「ごめんなさいね」
お母様が謝ってくださるのを制し、持参した菓子折りを差し出す。
「ほんの気持ちですが、お詫びの品です、お納めください」
「わざわざすみません。紅茶を入れましたので、どうぞ」
どうしようかと宮部を見ると、うなずいてソファに座るので、それに倣う。
「いただきます」
紅茶のカップに口をつけると、宮部がお母様に訊いた。
「今、こちらに来る途中で見かけたのですが、あちらに見える工場はこちらの?」
リビングの窓から見える工場の建物を見て、お母様はうなずいた。
「ええ。自動車の部品を作ってるんです」
「立派な工場ですね」
宮部の褒め言葉に、お母様はほのかに微笑んだ。
「でも、経営が落ち着いてきたのは、やっとここ10年くらいなんですよ。この家もあの工場も、優華が大学に入った年に建てたんです」
「そうでしたか」

優華さんは、今、25歳。
大学に入った年ってことは、今から7年くらい前か。
どおりでご自宅も工場も、まだ新しそうに見えたものね……。
そんなことを考えていたら、宮部が居住まいを正した。

「あの、つかぬことをお伺いしますが、お父様は、優華さんの花嫁衣装に、なにか特別なこだわりをお持ちなんでしょうか?」
「はい?」
お母様は、キョトンと宮部を見返す。
「突然すみません。実は、私も今までに何組かのウエディングをサポートさせていただいたのですが、花嫁のお父様が衣装にこだわるというケースは、今回が初めてなんです。たいてい、お父様は、どのドレスも同じようで違いがわからない、とおっしゃることが多くて。でも、葛西から聞いた話ですと、優華さんのお父様は、開口一番に衣装を見たいとおっしゃったとか」
するとお母様は、うなずきながら、ゆっくり口を開いた。
「おそらく、ですけど、主人は、優華が小さい頃、ちゃんとした晴れ着を買ってやれなかったことを後悔しているんだと思います」
「と、言いますと?」
「優華の成人式のときも、そうだったんですけど……。主人、優華にとても豪華な振袖を買い与えたんです。優華は、貸衣装でいいって言ったんですけどね。そのときに、思ったんです。七五三や入学式で、いい服を着せてやれなかったつぐないなのかしらって」
「優華さんが小さい頃は、あまり服にお金をかけなかった、ということですか?」
お母様は小さく首を振る。 「かけなかった、というより、かけられなかったんです。余裕がなかったんですよ。さっきも申しましたように、会社の経営が安定したのは、優華が高校生くらいの頃のことで、あの子が小さい頃は、家族3人生活するのがやっと、というような状態だったんです」
「なるほど」
「七五三も小学校の入学式も、周りの子たちは着飾っているのに、優華は普段着でした」

宮部は表情を変えないけれど、私は内心ビックリしていた。
こんな大きなおうちと工場を持っているんだから、昔からお金持ちなのかと思ってたけど、違ったんだ。
家族3人生活するのがやっとだったなんて、生まれたときから中流家庭に育った私より、貧しかったのかもしれない。
私は、七五三も入学式も、晴れ着を着た記念写真が残っている。

「家もこの半分もないせまい借家でしたし、工場も小さくて。優華はそれほどわがままを言う子ではありませんでしたけど、小学校の入学式と七五三のときには、他の子のきれいな服を見て、うらやましがって泣いたりしましてね」
「そうだったんですか」
「だから主人、花嫁衣装は、贅沢をさせてやりたいと思っているのかもしれません」

そういう事情があったんだ……。
優華さん、今でこそ、正真正銘の優雅な社長令嬢だけど、小さい頃はそうじゃなかったんだね。
人は見かけによらないんだな。
あのお父様だって、すごく怖い人に見えたけど、実は、娘思いの優しいお父さんなんだ……。

衝撃を受けていると、宮部が心配げにつぶやく。
「お父様、帰ってらっしゃらないですね。どこに行かれたんでしょう?」
すると、お母様は、つと後ろを見やるような素振りを見せた。
「たぶん、裏の公園に行ったんだと思います」
「裏の公園?」
「ええ。うちの前の坂をぐるっと上っていくと、裏手の高台にある公園に出るんです。そこが主人のお気に入りの場所で」
「へぇ、そうなんですか」
「そこからだと、工場を全部見渡せるんですよ。そこで、一服してるんだと思います」
「なるほど」
宮部はうなずくと、私に目配せしてきた。
そこへ行ってみよう、というのだろう。
そこで、お母様に紅茶の礼を述べて、おいとますることにした。

源様の家を出て、並んで坂を歩く。
半円を描くように上っていくと、道の先に公園が見えてきた。
公園は奥に向かって細長く、手前に遊具がいくつかあり、小学生くらいの女の子が数人遊んでいる。
奥にいくにつれて木々が増え、噴水のある広場の先には、見晴らし台がある。
見晴らし台のそばにはベンチがいくつかあり、そのひとつに、お父様の姿を見つけた。